2024.10.05
【寄稿】プロジェクトファイナンスのMyths and Truths 途上国民間投融資促進の為に(後編)
2024.09.05 ナレッジ ハブ
本稿は「SRIDジャーナル」(ISSN1882-9015/SR-027-2024-07 2024年7月31日発行)から許可を得て転載したものです。
3. Myths and Truths
本稿の本題であるMyths and Truthsです。ここでは、私が実際に問題解決に携わったIFCの三つのプロジェクトにおける、プロジェクト・ファイナンスのMyths and Truthsと思えるものを振り返ってみます。
3-1 バランスの取れた契約ストラクチャー
最初の事例は、東アフリカの国有鉄道の民営化というPPPインフラ・プロジェクトです。PPPの場合、官民の複数のパーティーが契約当事者としてプロジェクトに参加して、公共が必要とするインフラ・サービスを間断なく提供する為に、適切な契約の行使力とチェック・アンド・バランス機能を備えた契約ストラクチャーとする必要があります。本事例の国有鉄道は単線の鉄道で、設備や車両のメンテナンスが不十分であった為に運行頻度が低く、公共交通機関としての機能を十分に果たせていなかったものを、民営化により根本的な改善を図るという、野心的なプロジェクトでした。そして、国際入札で選定された経験豊富な民間スポンサーが参加して、バランスの取れた契約ストラクチャーを達成すべく、全ての契約が締結されました。
a) 契約ストラクチャー(下図参照)
PPPインフラ・プロジェクトを組成する上での必須条件の一つとして、関連法制度整備と政府側のキャパシティー・ビルディングがあげられます。本件では、世界銀行も支援して、民営化の為の新しい鉄道法(New Railway Act)が施行され、国有鉄道の全資産が新設の国有鉄道資産保有会社に移管されました。民間スポンサーは国際入札で選定され、新しい鉄道会社がSPVとして、民間スポンサーが51%株式、ホスト国財務省が49%の株式を保有して設立されました。この株主構成は、民間主体のSPVではあるものの、官側もSPV経営に参加して、公共サービス提供の為にバランスの取れた運営を目指すものです。そして、SPVは、民間スポンサーとの間で、民間スポンサーから経営陣を派遣するためのマネジメント契約と、必要資機材のリース契約を、アームズ・レングス契約(*7)として締結しました。IFCはSPVとの間で、新規設備投資と既存設備の保守や、運転資金の為に融資契約を締結し、SPVの動産および新たに取得する資産への担保権設定や、SPVの株式担保を確保しました。さらに、世界銀行グループのIDA(*8)が鉄道資産保有会社に対し線路資材購入用にソフトローンを供与して、本件を支援しました。鉄道資産保有会社は、鉄道資産のリースと鉄道運営のコンセッション契約をSPVと締結しました。そして、鉄道資産保有会社・SPV・IFCの3者間契約(Direct Agreement)が締結され、IFCは政府の鉄道資産保有会社と直接の契約関係を持ち、SPVのデフォルト時のステップ・イン権利を確保しました。これらの契約ストラクチャーは、ある意味教科書通りのベストのものと思えました。
(国有鉄道民営化プロジェクトの契約ストラクチャー 筆者作成)
b) 想定されたプロジェクトの強み
IFCの融資決定にあたって、プロジェクトの強みとして、下記が想定されましたが、いずれも的確なものと思えました。しかし、政府側のキャパシティー・ビルディングについての言及がなされていませんでした。
- 財政基盤の強い、鉄道運営経験が豊富な民間スポンサー
- 急速に成長している輸送市場
- 十分な改善の余地がある鉄道ネットワーク
- 世界銀行グループの支援
c) 実際に発生した問題
この野心的な国有鉄道民営化プロジェクトでは様々な問題が発生したのですが、それらは、下記の二点に集約されます。その結果、政府と民間スポンサー間の不信感が増大し、民間スポンサーは、プロジェクト資金不足を自国政府からの借款の導入により補填することでの解決を計りました。しかし、政府と民間スポンサーとの間で、様々な非難の応酬となり、両社間の不信感が増大していきました。
c)-1 国際入札プロセスの遅れと鉄道資産状態の極度な悪化
民間スポンサーを選定するための国際入札プロセスが約3年間遅れました。その間、政府は鉄道資産を保守するための新しい国家予算を割り当てませんでした。したがって、すべての契約が結ばれた時点で、鉄道資産の状態は、国際入札の前提条件よりもはるかに悪化していました。私は、民間スポンサーがこの状況を知り得ていたと考えていますが、彼らは契約条件を修正しようとしませんでした。契約条件変更には、さらに多くの時間が必要であり、場合によっては国際入札のやり直しという懸念があったことも想像されます。IFCがこの状況を知りながら融資を実行したのかは不明ですが、プロジェクトを仔細にモニタリングしていたら、状況を是正する機会はあったのではないかと私は考えています。
c)-2 政府による余剰鉄道労働者削減の失敗
コンセッション契約で、余剰な鉄道労働者の削減を政府自身が責任を持って実行することを合意しました。しかし、この責務の履行は容易ではなく、ストライキの多発と、余剰労働者給与の支払いという二重苦が、民営化後のSPVの大きな負担としてのし掛かり続けました。そして、最終的に政府は3,000人の余剰労働者を解雇するために3,000万ドルを退職割増金として支払いました。これは労働者1人あたり1万ドルを意味し、この貧困国の労働者には非常に大きな金額です。この措置は、SPVに残ることになった労働者にとっては、国有鉄道の従業員としての雇用保証を失ったこと以上に大きな不満の原因となり、彼らは同等の一時金支払いを要求しました。これらの交渉過程で政府は、SPVに残った労働者の不満を和らげるために、SPVの人件費負担増につながる鉄道労働者の法定最低賃金の引き上げも行いました。
政府と民間スポンサーによる2年に渡る協議の結果、向こう10年間で約3億ドル程度という巨額の追加資金が必要ということになり、世界銀行は、政府向けの追加資金援助の可能性を示唆しました。しかし、政府は民間スポンサー主体のSPVがそれを管理・費消することを望まず、鉄道の再国有化を決定しました。契約ストラクチャーがいかにバランスよくできていても、その契約当事者達が、緊密なコミュニケーションと問題解決の為の協力をせず、お互いへの不信感を募らせれば、プロジェクト成功への道は遠のくばかりです。
(*7)
企業が親会社や関連会社との間で不当に利益を移転させることなく、独立した企業間の取引と同様の条件で行われている契約。
(*8)
International Development Association(国際開発協会):1-1項で述べた世界銀行グループの5機関の一つで、低所得国に対して低利もしくは無利子の長期融資や助成金を供与する。
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