【コラム】(プロファイバンカーの視座)第153回 プロジェクトファイナンス超入門(17)

2024.08.08 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


【プロジェクトファイナンス市場-セクター別1】

前回は2023年の世界のプロジェクトファイナンス市場について、米州(Americas)、欧州・中東・アフリカ(EMEA)、アジア太平洋・日本の3つの地域に分けて、地域別に見てきました。

さて、今回は2023年の世界のプロジェクトファイナンス市場をセクター別(業種別)に見てゆきたいと思います。ここでいうセクター別というのは、プロジェクトファイナンスはどのようなセクター(業種)で利用されているのか、ということです。このセクター別の情報を見てゆくと、さまざまな示唆を得ることができます。その中でも特にみなさまにご留意していただきたい点は、このセクター別の情報から「プロジェクトファイナンスはどのようなセクター(業種)で、あるいはどのような事業で、頻繁に利用されているのか」を良く理解していただくことです。いろいろな事業を行っていると、「この事業はそもそもプロジェクトファイナンスを利用しやすいのだろうか」という疑問を持つことがあろうかと思います。そういう疑問に対する解答は、これから見ていただく情報・データの中におおよそ存在しています。結論を先取りして申し上げると、プロジェクトファイナンス案件の7割から8割が「電力」「石油・ガス」「通信」「交通」のセクターの事業で利用されています(注1)。つまり、これらのセクターの事業であれば、「セクターとしてはプロジェクトファイナンスを利用しやすいはず」とおおよその見当をつけることができるわけです。それではセクター別の情報・データを見てゆきましょう。

【2023年プロジェクトファイナンス市場のセクター別内訳(金額ベース)】(注2)

上記の円グラフは2023年の3,550億米ドルのプロジェクトファイナンス市場のセクター別内訳です。6つのセクターに分けて表示しています。6つのセクターとは、電力(Power)、通信(Telecommunications)、石油・ガス(Oil & Gas)、石油化学(Petrochemicals)、交通(Transportation)、その他(Others)です。

電力(Power)が圧倒的に多いですね。1,580億米ドルです。市場全体の約45%を占めています。今世紀に入ってから、電力セクターのプロジェクトファイナンスは常にセクター別ランキングで第1位を占めています。電力セクターの案件は具体的には発電案件です。電力セクターには送配電事業もありますが、送配電事業でプロジェクトファイナンスが利用されることは稀です。さらに発電案件の内訳ですが、現在は再生可能エネルギー事業が8割から9割を占めています。再生可能エネルギー事業のうち、風力発電が圧倒的に多いです。石炭火力発電向けのプロジェクトファイナンスはもう無くなりました。石炭火力発電向けのプロジェクトファイナンスが無くなる契機となったのは、2015年の「パリ協定」です。そういう意味で「パリ協定」はプロジェクトファイナンス市場に大きなインパクトを与えました。それ以前のプロジェクトファイナンス市場、特に日本企業の推進するアジアの発電事業は石炭火力発電が過半を占めていました。この約10年の変化は、今振り返ってみても、大きな変化だったと言えます。

電力(Power)に次いで多いのは、通信(Telecommunications)です。通信は610億米ドルで市場全体の約17%を占めています。2023年に関しては、ドイツで大型の通信事業案件が2件ありました。この2件の通信事業案件だけで約150億米ドルのプロジェクトファイナンスの融資を実現しています。

3番目が石油・ガス(Oil & Gas)です。石油・ガスは490億米ドルで市場全体の約14%を占めています。石油・ガス事業の案件は米国に多いですね。2023年は大型の石油・ガス事業案件が3件ありました。いずれも米国の案件で、この3件合わせて約250億米ドルのプロジェクトファイナンスの融資を実現しています。この3件はいずれもLNG(液化天然ガス)事業です。

米国はここ10年余LNGブームです。しかし、驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、約20年前つまり今世紀の初めは多くの専門家が「米国では近い将来天然ガスが不足する」と考えていました。考えていただけではなくて、このままでは大変だということで、米国内で一時50件を超えるLNG輸入基地の建設計画が存在しました。つまり、LNGを輸入して、将来の天然ガス不足に備えようとしたわけです。ところが、この危機を救ったのがいわゆる「シェール革命」です。米国内でシェールオイル・シェールガスの商業生産が軌道に乗り、予想を上回る石油と天然ガスが自国内で生産できるようになりました。いまや、米国の石油生産量は日量1,300万バーレルを超え、サウジアラビアとロシアを凌駕しています(注3)。米国は世界最大の石油生産国です。さらに天然ガスの生産量も世界最大で、2023年にはLNGの輸出量が初めてカタールと豪州のLNG輸出量を超え、世界最大になりました(注4)。LNGの輸出量でも米国が最大になったという事実は本当に驚きです。約20年前の50件を超えるLNG輸入基地の建設計画のうち一部の計画は実行され建設されましたが、後刻LNG生産・輸出基地に造り変えています。米国の石油・ガス業界はここ約20年で「LNG輸入の計画」から、「LNG輸出」へ大転換したわけです。

先ほど、電力セクターのお話をした際に「パリ協定」に触れました。「パリ協定」がプロジェクトファイナンスの電力セクターを大きく変えたとお話しました。同じような文脈でプロジェクトファイナンスの石油・ガスセクターを見ると、米国の「シェール革命」がプロジェクトファイナンスの石油・ガスセクターを大きく変えた、と言えると思います。電力セクターにおいては「パリ協定」が、石油・ガスセクターにおいては「シェール革命」が、それぞれプロジェクトファイナンス市場における大きな変革要因だということです。この点を下記の図にまとめておきます。 

【プロジェクトファイナンス市場の電力セクターと石油・ガスセクターの変革要因】

(注1)
2023年のデータでは「交通(Transportation)」分野が第5位に後退しています。しかし、過去「交通(Transportation)」分野はランキング第2位や第3位に入ることがありました。その年その年によって多少の変動があります。もっとも、本文に記載の通り、「電力」分野は長くランキング第1位です。そして、「石油・ガス」分野も常にベスト3に入っています。そういう意味では「電力」と「石油・ガス」がベスト3の常連です。元来プロジェクトファイナンスは「石油・ガス」分野で利用され始め、「電力」分野に利用拡大されてきた、という歴史があります。
(注2)
LSEG Data & Analytics社のGlobal Project Finance Review Full Year 2023から筆者が円グラフを作成
(注3)
Reutersによる2024年3月12日の報道。https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/3AYNGJ37RRJMHGQUVBUCIVSWSI-2024-03-12/
(注4)
Bloombergによる2024年1月3日の報道。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2024-01-03/S6NSH8T1UM0W00

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ UnsplashStephanie Yehが撮影した写真

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