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【コラム】第10回 民間の貿易保険(取引信用保険、ポリティカルリスク保険、ストラクチャードクレジット保険)の活用について(10)

2020.01.28 連載コラム

ナレッジパートナー:須知 義弘


前回は「仲裁結果の不履行」を説明し、今回はその補足を予定していたが、その前に、投資協定について説明したい。投資協定は貿易保険と似たリスクヘッジ手段である。

経済産業省によると、投資協定とは、相手国からの投資を促進するための国同士の取り決めであり、投資環境を整備し、相手国の個人や企業が行った投資を保護することをお互いに約束しているものである。例えば、投資協定には、外国の投資家による投資であることを理由に差別的に取り扱う行為や、外国の投資家が所有する投資財産を収用(国有化)する行為の制限または禁止などが規定されており、万が一、その約束が反故にされた場合には、投資家は国際仲裁手続の下で、直接、投資先政府との仲裁の申し立てを行うことができる。従い、投資協定の有無が投資家の当該国への投資可否の決定の大きな要素になることが多い。

現在、日本政府は、70か国近くの国と投資協定、または投資章を含んだ経済連携協定(EPA)を締結し発行している。EPAとは、投資の促進や貿易の自由化だけでなく、人の移動や知的財産権の保護なども含めてより幅広い分野での経済関係の強化を目指す国同士の取り決めのことを言う。通常、投資に関する章が設けられており、その中で投資協定と同様の取り決めがなされる。また、二国間の投資協定、EPAだけでなく、まだ発行されていないがTPPなどの多国間で締結されるもの、またエネルギー憲章などの多国間でかつある特定の分野に限って締結されるものなどがある。

投資協定では、収用(新たな規制を課す、またはすでにある認可を恣意的に取り消すことにより、その国から撤退せざるを得ないような間接収用を含む)や為替交換の制限/送金規制など、投資保険とほぼ同等な解釈によりカバーされるものもあれば、内国民待遇(投資先国が、外国投資家をそれらと同様の状況にある内国投資家に比べて不利益に取り扱わないこと)や最恵国待遇(投資先国が、投資家の投資活動に関連して、これらの投資家と同様な状況にある第三国の投資家に与えている待遇に比べて不利に扱ってはいけないという義務)など、投資保険でカバーできるかどうかの解釈が分かれる項目もある。また、戦争/政治的暴力については、「十分な保護と保証」といういう形でカバーされているケースが多く、投資保険と同様な効果が期待できると言ってもよいだろう。

普段あまり聞きなれない単語ではあるものの、投資協定によく出てくるものとして、公正衡平待遇というものがある。これは、投資先国が投資家を公正及び衡平に扱わなければならないという一般的な保護義務を指すが、特に明確な定義があるわけではないので、各事案が個別に仲裁で判断されることになる。経済産業省が挙げている公正衡平待遇違反の例として以下のようなものがある。

  • 投資先国が合理的な根拠なく事業許可の更新を拒絶した件
  • 裁判手続が著しく遅延した件(投資家が投資先の裁判所に収用の補償を求めて提訴したところ、7年間も裁判所の決定が出されなかった件など)
  • 投資先国が財政支援を合理的な理由なく拒否した件
  • 投資先国の一連の行為が有料道路の建設・運営プロジェクトの収支を大幅に悪化させた件

これらの事象が投資保険でカバーされるかどうかは、個別の事情を精査したうえでの判断となる。このほか、投資協定にはアンブレラ条項(義務遵守条項と言われる)など、投資先国政府が投資家に対しての義務(契約書上の義務を含むこともある)を履行することを定めたものもあり、通常はこれらも投資保険でカバーされると考えられている。投資協定と投資保険の比較については、改めて後日行いたい。

さて、先にも述べたように、投資協定またはEPAの投資章の多くには、相手国政府に対して仲裁を申し立てることができる規定がある。何か投資家にとって不合理なことがあった場合には、仲裁を申し立て、投資家にとって有利な仲裁判断がでれば、それをもとに執行をかけ、損害額を回収することができる。ところが、この執行命令が有効に機能しないことがあり、これが投資家にとってのリスクとなっている。何らかの契約を投資先国政府と締結する場合、投資協定の公正衡平待遇違反やアンブレラ条項違反などで損害がカバーされると考えることもできるだろう。しかしながら、執行ができない、或いは大幅に時間がかかる可能性があることを考慮すると、投資保険にも入ることもリスクソリューションの一つになり得る。

須知義弘

*アイキャッチ Photo by William Warby on Unsplash

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