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【コラム】(インフラプロジェクト事業開発・運営の現場から)第7回 工事保険(プロジェクトカンパニーにおける実務上の留意点)

2019.04.18 連載コラム

ナレッジパートナー:桶本 賢一


 前回のコラムでは、英国ロンドンにおける保険市場について記載した。今回はインフラ関連施設の建設期間中に付保する工事保険(Construction Insurance)に関し、プロジェクトカンパニーの視点から、実務上の留意点についてとりあげる。求償手続きや、保険期間延長の実務について記載した後半部分は、他の媒体では記載例の少ないコンテンツである。工事終了後の運営期間中の操業保険(Operational Insurance)や信用保険に関しては、後日改めて別のコラムでとりあげたい。

工事保険とは

 工事保険は施設の運営開始前を保険対象期間とする。主要なものにErection (Construction) All Risks(EAR / CAR、建設オールリスク保険)、Marine Cargo(海上貨物保険)、Third Party Liability(TPL、第三者責任保険、賠償責任保険)、Terrorism(テロリズム保険)、Delay in Start-Up(DSU、運営開始遅延保険)等がある。「建設」保険といいつつ、対象期間は建設期間中だけでなく、商業運転開始前の試運転期間も含まれる。

 各保険の概要は、プロジェクトファイナンスの解説書や主要な保険ブローカー(仲立人)のWebsiteにも記載されているので、ここでは詳細は省略するが、概要は以下の通りである。

  • CAR/EAR:建設・組立工事中の資材、設備機器の物的損害をカバー
  • Marine Cargo;工事現場までの輸送中に発生した資材、設備機器の物的損害をカバー
  • TPL:建設・組立工事に伴う偶然の事故に起因して、第三者から寄せられる損賠賠償責任をカバー
  • Terrorism:テロリズムによる損害をカバー
  • DSU:CAR、Marine Cargo、Terrorismそれぞれの保険でてん補される損害に起因して、操業開始が遅延した場合に、被保険者が被る逸失利益や追加費用をカバー

ファイナンス・クローズ達成まで

 プロジェクトファイナンスを利用した案件の場合、スポンサー及びプロジェクトカンパニー側で保険ブローカーを起用する一方、レンダーも保険アドバイザー(Lenders Insurance Advisor、以下LIA)を起用する(費用は当然ながら借入人負担)。交渉の結果、保険会社(再保険会社)の信用格付や、保険金額(Sum Insured)、免責金額(Deductibles)等について、最低限満たすべき要件がファイナンス契約上で規定される。

 工事保険の付保は、第2回および第3回のコラムで記載した、ファイナンス・クローズ達成のための先行要件(Conditions Precedent、CP)の一つとなる。セキュリティ(担保)の一つとして、Security Trusteeとの間で保険のAssignment(譲渡)契約が必要になるが、再保険会社と個別に譲渡契約を締結するのは煩雑なので、実務上は元受け会社との一括での譲渡契約締結が望ましい。保険料の支払いは、ファイナンス・クローズ達成→初回融資実行までは支払い原資がないため、初回融資実行後に行う。

 なおプロジェクトの金額が大きく、参加行が多い案件の場合、MLA(Mandated Lead Arranger)とは別に、Insurance Bankを置き、LIAの選任・活用を担うケースがある。以下、全くの私見であるが、プロジェクトカンパニー側からすると、LIAの選任後は、Insurance Bankの果たす役割に対して、Valueを感じにくい側面があるのは否めない。

 なぜこういう慣行が(一部案件で)見られるかというと、参加レンダーとしては「何らかのタイトルおよびフィー(手数料)が欲しい」という観点から、Insurance Bank、Documentation Bank、Modelling Bank等、〇〇〇Bankのタイトルを求めることがある一方、スポンサー目線では、「レンダーとしてのキャパシティを期待して、〇〇〇Bankのタイトルを割り当てる」、といったレンダー・スポンサー間の「大人の事情」があるのかもしれない(あくまでも筆者の個人的な見解です)。

建設期間中 その1(保険事故発生時の求償および保険金受取の実務)

 さて、ここからが今回のコラムの本題であり、プロジェクトファイナンスの一般的な書籍やWebsiteにはあまり記載されていない点である。工事保険は付保して終わりではない。建設・組立工事期間中、保険事故が発生せず、保険会社に事故発生の報告・保険金の支払い請求をしないで操業開始を迎えられるのが望ましいのは言うまでもない。しかしながら実務上は、事故が発生してしまった場合に備えて、プロジェクトカンパニーと保険ブローカーの間で、事故発生時の連絡先や求償フローを明記したマニュアルを作成し、関係者に周知徹底しておく必要がある。

 不幸にも保険事故が発生してしまった場合、プロジェクトカンパニーは、同マニュアルに従って(保険ブローカー経由で)保険会社への通知および求償手続きを行う。損害金額の算定は、保険会社が起用したLoss Adjuster(損害保険鑑定人)が行うが、算定および保険金の決定・支払いまでには時間がかかるケースも多い。このためプロジェクトカンパニーとしては、保険金の支払いに過度に依存しない資金繰りを立てることが望ましい。

 EARやMarine Cargoでカバーされる保険事故で、EPCコントラクターが代替資材・機器の手配等の損害を負担した場合には、EPCコントラクターが、Loss Adjuster(損害鑑定人)と直接やり取りを行う。保険事故および求償内容については、レンダーおよびLenders Insurance Advisorへの定期的な報告が必要となる。またファイナンス契約上、保険金の受取は専用の口座で行う必要があるため、受け取った保険金を当該口座から引き出すにあたっても、レンダーの承認が必要になる。EPCコントラクターが代替資材・機器の手配等の損害を負担していた場合には、プロジェクトカンパニーが受け取った保険金は、最終的にEPCコントラクターに対して支払う。

建設期間中 その2(操業保険付保準備と工事保険延長の実務)

 当初予定通り完工を迎えられそうな場合は、工事保険期間の満了前に、操業保険付保のアレンジを行う。工事保険と同様、ファイナンス契約上の要件を満たすよう取り進める。一方で遺憾ながら工事遅延が発生し、当初付保した保険期間満了までに操業開始を迎えられない場合、無保険状態を避けるために、工事保険を延長する。当然ながら保険期間の延長には追加で保険料を納付する必要がある。追加保険料の支払いと前後して、工事保険の保険証券(Policy)の更新が行われる。

 工事保険の期間を延長する前に保険事故が発生し、保険金支払いが起こっている場合や、延長期間が長引く場合、追加保険料は保険期間を案分して計算するよりも割高になるケースがある。例えば当初保険期間が30カ月で、6カ月の延長をする場合、追加で納付する保険料は、当初30カ月分として支払った保険料の20%(=6カ月/30カ月)よりも割高になる、といった具合である。工事遅延ということは、施設の操業開始に伴う収入も発生していない。よって追加保険料支払いの原資は、スポンサーからのエクイティか、シニアレンダーからのローン、EPCコントラクターからの遅延損害金(あるいはこれらの組み合わせ)になると考えるのが妥当である。

注)本稿の内容や意見は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
  コラムで取り上げて欲しいテーマがあれば、プロフィールに記載の連絡先まで個別にご連絡下さい。

桶本賢一

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デロイト トーマツ|インフラ・PPPアドバイザリー(IPA)
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