【コラム】(プロファイバンカーの視座)第24回 PF組成しやすい事業(10)「電力型」(PPP)

2019.03.28 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


前回まで複数回にわたって石油・ガス分野の「電力型」事業を採り上げてきた。石油・ガス分野にも「電力型」事業が多いというのは意外かもしれない。もっとも、既に指摘の通り、「電力型」事業が多いのは石油・ガス分野でも中流や下流の事業領域である。上流の事業領域つまり石油・ガスの採掘・生産の事業は通常「資源型」事業である。

さて、プロジェクトファイナンスにおける「電力型」事業でまだ採り上げていない事業分野がある。それはPPP(Private Public Partnership)事業である。日本語では最近官民連携事業と呼ばれている。PPP事業は本来政府や自治体が行う事業ではあるが、これを民間部門に建設や運営を委託するものである。民間部門が建設や運営を担うことによって、コストの削減やサービスの向上を企図している。従って、PPP事業が目指すのは政府や自治体の事業の効率化である。いま民間部門による「建設や運営」と記したが、ここには資金調達も含まれる。「資金調達、建設、運営」といった事業全般の役割が民間部門に期待されている。

さて、PPP事業の資金調達に着目すると、その方法は実はプロジェクトファイナンスである。PPP事業の資金調達の多くはプロジェクトファイナンスの手法で行われている。例えば、一昨年(2017年)双日がトルコのイスタンブールで病院の事業に参画するという発表を行った(注)。病床数2,682の大型の病院で、総事業費は2,000億円にも及ぶ。この病院は本来トルコ政府もしくはイスタンブール市のいずれかが建設・運営する予定だったはずである。それを資金調達から建設・運営に至るまで双日とトルコの民間会社に事業を委託した。

委託された民間会社は病院の建設・運営に携わるわけであるが、果たして収入や利益はどうやって確保するのだろうか。プロジェクトファイナンスレンダーはどうやって融資した資金の返済を確保するのであろうか。ましてやこの例は外国のトルコであって、日本ではない。

PPP事業にはその収入や利益、さらにプロジェクトファイナンスレンダーの返済原資を確保するための仕組みがある。それはAvailability Paymentの仕組みである。Availability Paymentとは、事業を委託された民間会社が病院の施設を用意し病院内の諸設備のサービスの提供等を一定水準で行ってさえいれば、委託者(政府や自治体)が事業主(民間会社)に支払う所定の金銭である。普通の病院であれば、患者から受け取る受診料の多寡によって総収入の多寡が決まる。ところがAvailability Paymentの仕組みがあれば、患者からの受診料の多寡は関係ない。Availability Paymentの仕組みがあれば、長期に亘って安定的な収益が期待できる。そして、プロジェクトファイナンスレンダーの融資の返済も確保できる。従って、Availability Paymentの仕組みを持つPPP事業は「電力型」事業である。

ところで、昨年(2018年)トルコの通貨リラが米国ドルに対して大暴落した。例に挙げたトルコの病院のPPP事業はどうなってしまうのだろうか。このトルコの病院の開院予定は来年(2020年)10月である。まだ建設中なので、いまのところ収入面でのトルコ・リラ暴落の影響はない。さらに重要なのは、この案件でのAvailability Paymentの支払いはトルコ・リラで行われるものの、常に日本円にリンク(紐づけ)されている点である。日本円にリンクされているということは、トルコ・リラの価値が減少した場合にはその分トルコ・リラの支払額を増額してもらえるということである。日本円換算では常に当初目論見通りの金額を手にすることができる。つまり、常に日本円にリンクされていることによって、トルコ・リラの価値の減少の影響をほとんど受けない。

海外特に新興国でのPPP事業の場合、新興国通貨の下落のリスクが付きまとう。Availability Paymentは新興国通貨で受け取るものの、先進国通貨(米国ドル、ユーロ、日本円など)とリンクさせることができれば、新興国通貨の下落リスクを回避できる。先進国通貨とのリンクは為替相場変動のリスクを回避する手段して非常に重要である。

注)双日株式会社のプレスリリース2017年7月21日

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明 

*アイキャッチ Photo by Serkan Turk on Unsplash

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