【コラム】(プロファイバンカーの視座)第13回 新興国のパートナー(3)

2018.10.11 連載コラム

ナレッジパートナー:井上 義明


これまでの議論をまとめてみる。
新興国で事業を行う際に地元企業に共同出資者として参加してもらうことがある。自国の事情に精通しているので、政府や行政機関とのコミュニケーションで重要な役割を果たしてもらえる。さて、この事業でプロジェクトファイナンスを利用して借入を行おうとすると、その地元企業の財務能力の問題が指摘されることが少なくない。具体的には「出資金拠出能力」や「完工までの債務保証能力」についての問題指摘である。これを解決する手段として銀行LCの発行が考えられる。しかし、プロジェクトファイナンスレンダーは銀行LCでの解決策に対して、LC発行銀行の信用格付けに条件を付している。つまり、シングルA以上の信用格付けを持つ銀行の発行したLCでなければ、プロジェクトファイナンスレンダーは受け付けない。果たして地元企業は信用格付けシングルA以上の銀行の発行するLCを用意できるのか。もし地元企業が国内の銀行としか取引していないとすると、信用格付けシングルA以上の銀行の発行するLCを用意することはかなり困難だ。なぜなら、銀行の信用格付けには「ソブリン・シーリング」という制約があり、新興国の国内銀行には信用格付けシングルA以上を取得している銀行はまず存在しないからだ。

地元企業が信用格付けシングルA以上の銀行の発行するLCを用意することができないということになると、財務能力の問題は銀行LCでは解決できないということになる。因みに、新興国の国内銀行が発行したLCをベースに(いわば担保に)、シングルA以上の信用格付けを持つ欧米や日本の銀行がLCをさらに発行するという手法は有り得る。LCが二重に発行されるわけである。この場合、LC発行手数料(保証料)も二重に支払わなければならなくなり、費用が嵩む。地元企業としては費用対効果を考えると、積極的に選択する手法とは言い難い。

さて、地元企業の財務能力の問題が銀行LCで解決できないとすると、どうすれば良いのであろうか。次善策として考えられるのが「スポンサー間の連帯保証(joint and several guarantee)」である。「スポンサー間の連帯保証」とは、スポンサーのうちの1社が出資金の拠出や完工までの債務保証について履行できなかった際に、他のスポンサーが代わって履行することを保証するものである。例えば、欧米企業、日本企業、地元企業の3社がスポンサーである場合に、地元企業が履行できなかった場合にその穴埋めを欧米企業と日本企業が行うということである。この手法はスポンサー内に1社でも財務的に有力な企業が存在していれば機能する。地元企業から見れば、「寄らば大樹の陰」という気持ちであろう。一方、万が一のときに地元企業の分まで拠出を迫られる欧米企業・日本企業にとっては、容易には賛同しかねる手法である。

新興国で事業を行う際に地元企業に共同出資者として参加してもらうと、その地元企業の財務能力の問題というのはどうしても出て来る。だからと言って、地元企業の参加なしで当該事業を最後まで完遂できるのかというと、それも難しいという現実があろう。プロジェクトファイナンスの利用を断念するのであれば、スポンサー間の問題として処理することも可能であろう。しかし、プロジェクトファイナンスを利用したいということであれば、レンダーの求める要件を知悉したうえで、最悪ケースも想定・覚悟しながら進めてゆかなければならない。新興国での事業の難しい一面である。(完結)

プロジェクトファイナンス研究所
代表 井上義明

*アイキャッチ Photo by Thijs Degenkamp on Unsplash

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